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zoom RSS バレエの歴史1 〜バレエの起源〜

<<   作成日時 : 2018/06/13 12:31   >>

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先日のレッスンでバレエの歴史についてのお話がありましたので、せっかくの機会ですので少し詳しく調べてみました

以前、バレエは宮廷舞踊から発展した、とこちらに書いたことがあります。
元々バレエはどのように生まれたのでしょうか

バレエの元になる踊りが生まれたのはルネサンス期のイタリアです。
貴族の館で行なわれていたパーティの席で踊られていたものがその起源と言われているようです。
そのような踊りが生まれる以前に、貴族の身体作法として足のポジションや、挨拶するときの動きなどの基本が定められており、それがベースになっているそうです。
つまり貴族の礼儀作法がバレエのベースにはありました。

誕生当時のバレエは現在のバレエとはかなり異なり、現在宮廷舞踊(バロックダンス)と呼ばれているもので、宮廷での貴族のたしなみとして踊られるものでした。

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バレエが生まれたルネサンス期のイタリアは色々な意味で大変繁栄していました
当時のイタリアは、「イタリア」という国家は存在せず、ヴェネツィア共和国やフィレンツェ共和国など都市国家がたくさん存在し、それぞれ東方貿易や金融業、毛織物業などで大変豊かな財政を築いていました。

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そのような都市国家の一つフィレンツェには当時メディチ家という有力な一族が存在し、その一族からはローマ教皇を輩出するなど莫大な富と権力を持ち、文化の庇護者(パトロン)としても重要な存在でした。
ルネサンス美術として現在美術館で見る事が出来る絵画や彫刻には、当時の貴族や教会、裕福な商人などが発注して制作されたものが多くあります。
ボッティチェリの「春」、ミケランジェロの「ピエタ」、ラファエッロの「鶸(ひわ)の聖母」など、美術の教科書で見たあの絵やあの彫刻が個人が発注したものって凄いですね

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話が脱線しましたが、そんなルネサンス文化の花開くフィレンツェで育ち、強大な力を持つメディチ家からフランスに嫁いだカトリーヌ・ド・メディチは、フィレンツェからフランスに嫁ぐにあたり様々な有形、無形の物を持っていきました。
食事で使用するフォークやナイフ、食事のマナー、香水*…
その中にバレエ(バレットballettoと呼ばれるもの)も含まれていました。
そしてカトリーヌ・ド・メディチによってフランスにもたらされたバレエを大きく発展させたのが、太陽王ルイ14世です。
ルイ14世は自身もバレエを習い、踊りました。
現在のパリオペラ座バレエ学校に繋がる王立舞踊学校もルイ14世によって創立され、バレエは大きく発展することになったようです。
ここから先はまた次回

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トリビア
カトリーヌ・ド・メディチの香水
作っていたのは現在も営業している世界最古の薬局、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局です。日本にも支店があります。
「王妃の水(Acqua della Regina)」というのがその香水です。
どんな香りがしていたのでしょうか?

http://www.santamarianovella.jp/3storia/storia2.html
http://www.santamarianovella.jp/3storia/storia0.html

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